成功ってただの後付けじゃない?

今朝は小学校の立哨(横断歩道の旗持ち)があったのですが、朝から行動力を使うものなのでけっこう嫌です。

 

小学生の集団登校だったら横断歩道くらい自分たちで渡れるでしょうに・・・極端なリスク回避主義の表れなんですかね。

 

娘を保育園に送ってからは、床屋さんに行きました。

 

今まではこの町にきてからお世話になっているところで切ってもらっていたのですが、もうお金がなくなってきたので安いところできることに。

 

カット・ひげ剃り、シャンプーで2,000円ほどでした。いままでの半分。

 

浮いたお金で(?)朝ごはんをマクドナルドで食べました。

 

家に帰りついてからは、また床に伏していました。

 

昨日のアダルトチルドレン自助グループの一件があってから、今の今までずっとぐるぐるしています。

 

どうしようかな。もうやめちゃおうかな。でもまだ行き始めたばかりだしな。本も買っちゃったし。でも少し遠いしな。なにより話の中のルールが自分には煩雑すぎて、守れる気がしない。またやらかしそう。

 

それだったら教会のほうが制約とかないし、ちゃんとコミュニケーションができるから楽しい。

 

悩んでばかりいたらもう二時に。また洗濯物を干していません。昨日みたく妻は帰ってこないので、なんとか自分で干せました。

 

洗濯物を干すことすら困難に思う自分に、就職は難しいだろうなぁと思いました。

 

昼ごはんもついついマクドナルドに。マクドナルドのヘビーユーザーです、はい。

 

そのあとはコンビニで漫画雑誌のモーニングを購入。コーヒーとドーナツを口にしながら車で読んでいました。

 

そのあとは図書館へ。キリスト教の入門書みたいなのが読みたいなぁと思っていたのですが、どれもなかなか自分には、難しく・・・。

 

ふと近くを見ると「なぜ生きる」という前から気になっていた仏教関連の本があったのでこっちを買いました。とても読みやすそうです。

 

その他にも階段関連の本を2冊借りました。怪談話大好きなのです。

 

ライティング案件は昨日のうちに終わらせましたので、今日は寝込んでても大丈夫な一日になりました。やれるうちにやれることをやっておきと後が楽でいいですね☆

 

そういえばツイッターで見たのですが、世に出る本は成功談とか強い人の話ばかりだったりして共感できない、という内容のツイートを見て、「その通りだよなぁ」とつくづく思いました。

 

僕も躁状態の時に松下幸之助さんの本とか買ってたんですが、うつになったとたん読まなくなりました。

 

うつ状態の人間には、成功談とか正論とか、かえってけっこう辛くきこえるものなのです。

 

「成功するには〇〇が大切だ」⇒「〇〇できない自分はダメ人間・・・」みたいな感じです。

 

失敗ばかりしたけど、今は成功してこんなに立派になりました!系の本もうつ状態の僕には苦手です。だって結局それって後付けじゃない?っていう話が多いからです。

 

「失敗したけどあのときの経験がもとで成功できた!」⇒「成功したからそういえただけで、成功してなかったらそれはただの失敗じゃない?」

 

みたいな。僕ひねくれすぎですかね(笑)

 

だから、僕は失敗して現在進行形で失敗している人の本が読みたい。

 

たとえば太宰治石川啄木坂口安吾みたいな感じの小説家の本。

 

言葉にすれば退廃的・・・になるんですかね。

 

退廃的って言うと進んで堕落の道を歩んでいるように見えるけど、太宰も啄木も何も好き好んで破滅への道を歩んでいったわけではなく、どうしようもない生きづらさが彼らを望まぬ暗い道へと向かわせていると思うのです。

 

これからはビジネス書や自己啓発書はとりあえず横に置いておいて、純文学のほうを読んでみようかな・・・とも思います。

 

そろそろ子どものお迎えの時間になりました。

 

ごはんつくるのめんどくさいです。